長編2作目を撮りたいんです。

最終更新: 3月10日

はい、タイトルの通り。ただその欲求だけです。

長編1作目の『左様なら』は自主制作で撮って、作品を作る体力(お金や時間)がそれはもうカッツカツだったのですが

キャスト、スタッフ、関係者の皆様が本当に素晴らしい方々ばかりで。

お金はなくとも情熱だけはたっぷりありました。

(まじで申し訳ないくらいお金はなかった)


当時のスタッフさんとかともよく話すのですが、現場相当辛かったはずのに思い出美化されて「左様ならの撮影最高だったよね〜」という錯覚を起こしているという。左様ならあるある。

本当にご迷惑をおかけしまくりました。

左様ならに関して言うと、、、



2017年 冬・企画始動

2018年 夏・撮影/秋・ムーラボ上映

2019年 夏・全国公開(順次公開で翌年1月くらいまで)

2020年 夏・DVD化&配信開始



映画祭での上映なくなったりと、

いくつか影響はあったもののいい感じにコロナを避けたので

そういった意味でも恵まれていたと思います。



これから映画も文化も暮らしも、みんなどうなっていくんでしょうね。

この状況下で自分自身はこれからどうしていきたいかを考えると

「映画が撮りたい」というのが一番大きな想いなので、現実的な課題はさておきそこを目指していけばいいんだなぁと思うととてもシンプルです。


この1年、自粛したり、怠けたり怠けたり、褒められた暮らしはしていませんが。

何年かかるのか、望むような形で実現できるか、そもそも撮れるのか。

何の確証もありませんが、それでもやるっきゃない。

それに尽きます。



これまで制作した自主映画の感想をSNSやらアプリやらで拝読させて頂いてる中で、私の作品は共通して「(女性目線の)別れの物語」だというレビューを見かけまして。

「確かに…!」となりました。(何も考えずに素で脚本書いてた)

色んな種類の別れがありますが、大分類ほぼ別れ系。笑


実は2014年に撮影した『ぼくらのさいご』までは物語の中で人を殺したくない主義だったんですが、その後色々と思うところがありまして。

「いなくなってしまった誰かへの想い」というのが自分の中で大切な感情になってきて、描くようになりました。


永遠なんてない、絶対なんてない。

期待するほど素晴らしくもないこの世界を

それでも生きていく。

そういう事を描きたいんだなって。改めて思いました。



長編2作目で構想しているのも、そんな物語だったりします。



思いつきだけで書き綴ってしまいまとまりのない文章で恐縮ですが、そんな感じです。



頑張ろう。